リソース不足故に医学的適応のある人すべてにサービスが供給できない状況において、「支払い能力のあるなし」でサービス受益者を決めるという論理は、人工心臓の場合にはもっともらしく聞こえたかもしれないが、治療手段を「心臓移植」と変えた途端に「世にも恐ろしい」主張となることがおわかりいただけるだろうか? 心臓移植の場合、「支払い能力のあるなし」でサービス受益者を決めるというやり方は、「臓器売買を認めよ」という主張と同義だからである。

 つまり、たとえリソースが絶対的に不足する状況があったとしても、その乏しいリソースを誰に振り向けるべきかの選択を「支払い能力のあるなし」で決めることは医療倫理的には容認し難いやり方といわなければならないのである。

 心臓移植の場合、「誰が移植を受けるべきか」というレシピエントの優先順位については、社会が合意するルールがつくられているが、他の治療においてリソースが絶対的に不足する場合も、これに準じて、社会が合意できるルールの下にサービス供給の優先順位を決めるやり方を考えるべきなのである。なぜなら、「支払い能力のあるなし」のみでサービス受益者を決める制度を採用した途端に、文字通り「命の沙汰も金次第」の状況が現出し、地獄図のような医療が展開されることとなるからに他ならない。

posted 4 months ago